針葉樹の光合成CO?固定酵素の特性を解明

掲載日2025.01.30
最新研究

農学部 応用生物化学科
教授 鈴木雄二
植物栄養生理学

概要

岩手大学農学部鈴木雄二教授、(国研)森林研究?整備機構森林総合研究所宮澤真一主任研究員、東北大学大学院農学研究科牧野周名誉教授らの研究グループは、ほとんどわかっていなかった針葉樹の光合成CO?固定酵素Rubiscoの特性を明らかにしました。針葉樹のRubiscoは、一般的な草本植物と比べ、酵素としての性能がやや低く、存在量も少ないものでした。

針葉樹は陸上植物の進化の早い段階で出現した植物であり、実用植物としても重要です。本研究の成果は、陸上植物の進化の観点からだけでなく、針葉樹における光合成の生化学的特性の解明や光合成能力強化にとっても貴重な情報となります。

研究成果のポイント

  • 本研究では、これまでにほとんどわかっていなかった、針葉樹のRubiscoの酵素としての性能と葉における存在量を明らかにした。
  • 一般的な草本植物と比較すると、針葉樹のRubiscoの酵素としての性能はやや低く、その存在量も少なかった。
  • 本研究の成果は、陸上植物の進化だけでなく、針葉樹における光合成研究や光合成能力強化の観点からも貴重な情報となる。

背景

針葉樹は陸上植物の進化の過程において早い段階で出現した植物ですが、現在も地球上に広く分布し、寒冷地などでは優占種となっています。また、針葉樹は生育が早く、木材として多く利用されるなど、実用植物として重要です。

植物は光合成を行い、大気中のCO?を同化して生育します。光合成の能力を決定する因子のひとつが、CO?固定反応を担う酵素Rubiscoです。Rubiscoは葉において最も多量に存在するタンパク質です。タンパク質をつくるためには窒素が必要で、葉において多くの窒素がRubiscoに使われています。そのため、Rubiscoは植物とって最も不足しやすい窒素栄養の体内利用にも関連します。

これらの重要性から、Rubiscoの酵素としての性能や、葉に含まれる全窒素のうちRubiscoに使われている割合(存在量)に関する研究が、これまでに数多く行われてきました。しかし、針葉樹については、その生物学上の特異性や産業上の重要性にもかかわらず、研究例はほとんどありませんでした。

研究内容

そこで本研究では、針葉樹のRubiscoについて、その酵素としての性能と存在量を明らかにすることとしました。針葉樹でRubiscoの特性がほとんど調べられていなかった主な原因は、葉に含まれる妨害物質です。鈴木教授らのグループは、シダ植物で同様な問題を解決するための方法をこれまでに確立していますが、この方法が針葉樹にも適用できました。

そして、ヒマラヤスギ、ドイツトウヒ、イチイ、アカマツ、ゴヨウマツを材料に解析を行いました。これらの針葉樹のRubiscoを一般的な草本植物(対照植物:イネ、コムギ、ホウレンソウ)のRubiscoと比較すると、CO?固定反応の最大速度は同程度である一方で、CO?固定反応のしやすさ(基質親和性)はやや低いことが明らかになりました。また、Rubiscoの存在量を調べたところ、針葉樹では一般的な草本植物と比べ少なくなっていました。

研究成果

以上の結果から、針葉樹のRubiscoは一般的な草本植物のRubiscoと比べ、酵素としての性能がやや低く、存在量も少ないことが明らかとなりました。この成果は、針葉樹のRubiscoに関する、数少ない貴重な知見となりました。

針葉樹のRubiscoがこのような特性をもっている理由として、次のようなことが考えられます。ひとつは、現存する針葉樹の祖先が出現した時代では、大気中のCO?濃度が現在よりもはるかに高く、Rubiscoの基質親和性が高いことも、Rubiscoが多量に存在することも必要なかったためなのかも知れません。また、Rubiscoが少ない分だけ、窒素は細胞壁の合成に利用されるなど、葉を機械的に強くするために利用されたとも考えられます。

針葉樹は現在でも寒冷地などで優占種となっています。その理由のひとつとして、低温ではCO?が水に溶けやすく、基質親和性が低いという針葉樹Rubiscoの弱点が緩和されることが考えられます。また、宮澤主任研究員らのグループは、光合成の副反応である光呼吸という代謝において、針葉樹では一般的な植物よりもCO?を多く発生することを解明しています。このことも針葉樹のRubiscoの弱点を補っているものと考えられます。

今後の展開

針葉樹の光合成の生化学特性については、多くのことがまだわかっていません。その解明だけでなく、針葉樹の光合成能力強化のためにも、本研究の結果は大きく貢献できると期待されます。また、Rubiscoの特性が調べられていない植物種は膨大に残されています。今回の成果に加え、さらに広範な植物種においてデータを収集することで、Rubiscoの進化の解明に大きく貢献できると期待されます。

掲載論文

題 目:Enzymatic and quantitative properties of Rubisco in some conifers and lycopods
著 者:Sakiko Sugawara?, Kana Ito?, Shin-Ichi Miyazawa?, Amane Makino?,?, Yuji Suzuki?
? 岩手大学大学院総合科学研究科、? 森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域、? 東北大学大学院農学研究科、? 東北大学高度教養教育?学生支援機構、? 岩手大学農学部
誌 名:Journal of Plant Research
公表日:2024年12月(オンライン)

用語解説

  • 針葉樹
    木本の裸子植物で針状の葉を有する。石炭紀に出現し、ジュラ紀の初期から中期にかけて多様化し、現存する針葉樹の祖先が出現したと見積もられている。丸太や製材では世界生産量の半分以上を占める。
  • Rubisco
    酵素ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenaseの略称。植物細胞内の細胞小器官であり、光合成の場である葉緑体に存在し、光合成CO?同化の初発反応となるCO?固定反応を行うだけでなく、副反応として光呼吸の初発反応も行う。地上で最も多量に存在するタンパク質としても知られる。
  • RubiscoのCO?固定反応
    炭素数5の有機化合物と無機化合物であるCO?が反応し、炭素数3の有機化合物が2分子生成される。
  • 光呼吸
    RubiscoはCO?だけではなく空気中の酸素とも反応する性質がある。酸素と反応すると、炭素数が3と2の有機化合物が1分子ずつ生成され、このうち炭素数2の有機化合物は、光呼吸という複雑な代謝経路を経て炭素数3の有機化合物に変換される。この過程でATP(アデノシン三リン酸)や還元力などのエネルギーが消費され、CO?が発生する。発生したCO?の一部はRubiscoのCO?固定反応に利用される。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
?文部科学省科学研究費補助金?挑戦的研究(萌芽)「方法的限界の打破から挑む、かつてない多様な植物種からの優れたRubiscoの発掘」研究代表者:鈴木雄二
?文部科学省科学研究費補助金?基盤研究(B)「針葉樹の炭素固定量予測モデルの精緻化に向けた光呼吸代謝の解明」研究代表者:宮澤真一

本件に関する問い合わせ先

農学部 応用生物化学科(改組後:食料農学科 農学コース)
教授 鈴木雄二(植物栄養生理学研究室)
ysuzuki@iwate-u.ac.jp
019-621-6153