遺伝子改変マウスの研究から、遺伝性脱臼を引き起こす糖鎖の異常を解明 -遺伝性脱臼の予防につながる知見-

掲載日2025.03.12
最新研究

農学部 共同獣医学科
教授 古市達哉
実験動物学

概要

岩手大学大学院獣医学研究科の古市達哉教授らは、名城大学、酪農学園大学、立命館大学、国立国際医療研究センターと共同で、CANT1遺伝子が働かなくなったマウスの腱では形態と糖鎖の合成に異常が起きていることを明らかにしました。腱は骨と筋肉をつなぎ留める役割を果たしており、腱の異常は関節脱臼の原因となります。つまり、CANT1の機能異常は腱を脆弱化させて脱臼を誘発する可能性が示されました。CANT1が産生を調節している糖鎖の補充は、遺伝性脱臼の予防につながることが期待されます。
この研究成果は、岩手大学大学院獣医学研究科の山下莉奈大学院生を筆頭著者とする論文として、スイスの国際学術誌「International Journal of Molecular Sciences」オンライン版に、3月10日に公開されました。

背景

脱臼とは関節がはずれて、骨の位置が関節からずれてしまう状態で、転倒や自動車事故、運動選手の過剰なトレーニングなどによって脱臼することがあります。みなさんの中にも脱臼の経験者は多いのではないでしょうか。一方、脱臼は遺伝的な原因によって発症することもあり、Desbuquois骨異形成症という人の遺伝病の患者は高頻度に脱臼を起こします。Desbuquois骨異形成症はCANT1遺伝子の変異が原因で発症しますが、CANT1の機能異常によって脱臼が起きる原因は長らく不明のままでした。
一方、古市教授らはゲノム編集という技術を用いて、CANT1が全く働かなくなったマウス(CANT1欠損マウス)の作製に成功しており、このマウスはDesbuquois骨異形成症とよく似た病態を示すことを報告していました。腱は骨と筋肉をつなぎ留める役割を担っており、事故などによって腱が切断されると脱臼が起きます。したがって、Desbuquois骨異形成症によって起きる脱臼は腱の異常が原因であるという仮説を立て、CANT1欠損マウスの腱を詳しく調べることにしました。

研究内容と成果

腱の組織切片を光学顕微鏡で観察した結果、出生直後のCANT1欠損マウスの腱に異常は認められなかったのに対し、1ヶ月齢のCANT1欠損マウスの腱幅は正常マウスよりも、かなり小さくなっていました(図1A)。次に6ヶ月齢マウスの腱を電子顕微鏡で観察しました。腱はコラーゲンという分子が集合してできており、正常マウスの腱では円形のコラーゲン細線維が規則正しく配置している像が観察されました(図1B)。一方、CANT1欠損マウス腱のコラーゲン細線維は立方状に変形しており、隣同士のコラーゲン細線維の距離が近くなっていました。CANT1欠損マウス腱ではコラーゲン細線維の形態と走行に異常が生じていることがわかりました。
腱のコラーゲン細線維は、デコリンという分子によって規則正しく走行するように束ねられています。デコリン分子では、そのコアタンパク質にデルマタン硫酸(DS)またはコンドロイチン硫酸(CS)という糖鎖が一本結合しています(図2A)。CANT1欠損マウス腱のDS/CS含量は、正常マウス腱と比べ大幅に減少していました(図2B)。更にCANT1欠損マウス腱でつくられるデコリンの分子量は、正常マウスのデコリンよりも小さくなっていました(図2C)。コアタンパク質の分子量は正常であったので、CANT1欠損マウス腱ではデコリンに付加しているDS/CS糖鎖が短くなっていることがわかりました。
CANT1は腱におけるDS/CS糖鎖の産生を調節している酵素であることが明らかとなりました。CANT1欠損マウス腱では、デコリンに付加しているDS/CS糖鎖が短くなっており、それによってコラーゲン細線維を正常に束ねることができずに、腱に異常が生じていることがわかりました。この異常によって、CANT1欠損マウスの腱では荷重に耐える力が弱まり、脱臼を起こしやすくなっていると考えられます(図3)。

今後の展開

本研究から、正常なDS/CS糖鎖をDesbuquois骨異形成症患者の腱に補充することによって、多発する関節脱臼を予防できる可能性が示されました。CS/DS糖鎖はグリコサミノグリカンという種類の糖鎖で、DS鎖はブタの腸、CS鎖はサメの軟骨などから大量に抽出されます。今後はCANT1欠損マウスを用いて、この補充療法の有効性を検討していきます。

(A)1ヶ月齢マウス腱の光学顕微鏡写真、 カッコは腱幅を示す。 (B)6ヶ月齢マウス腱の電子顕微鏡写真、 矢印はコラーゲン細線維を示す。
図2. (A)デコリン分子の構造、(B)腱における糖鎖含量の測定結果、および(C)腱におけるデコリン分子の検出結果
図3. CANT1の機能異常による腱の脆弱化機序

掲載論文

題目:CANT1 is involved in collagen fibrogenesis in tendons by regulating the synthesis of dermatan/chondroitin sulfate attached to the decorin core protein
著者:山下莉奈?,?、筒井咲妃?、水本秀二?、渡邉敬文?、山本憲隆?、中野堅太?、山田修平?、 岡村匡史?、古市達哉?,?
?岩手大学大学院獣医学研究科、?岩手大学農学部共同獣医学科、?名城大学薬学部、?酪農学園大学獣医学群、?立命館大学理工学部、?国立国際医療研究センター
誌名:International Journal of Molecular Sciences
DOI : https://doi.org/10.3390/ijms26062463

用語解説

  • CANT1
    正式名はCalcium Activated Nucleotidase 1. ヌクレオチダーゼという種類の酵素であり、糖鎖の元分子である糖ヌクレオチドの代謝に関わっている。
  • Desbuquois骨異形成症
    CANT1遺伝子の変異によって発症する人の遺伝性疾患で、常染色体潜性の遺伝形式をとる。高度の低身長、頸椎の後弯、手指の変形、多発性関節脱臼などの臨床所見を特徴とする。
  • ゲノム編集
    DNAを切断する人工酵素を使って、DNAに突然変異を起こす技術. この技術によって、さまざまな動物で狙った遺伝子のDNAに変異を導入することが可能となっている。
  • グリコサミノグリカン
    枝分れがみられない直鎖状の多糖で、硫酸基が付加した2糖の繰り返し構造をとる。ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、ケタラン硫酸、ヒアルロン酸などの分子種が存在している。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
?2021~2023年度文部科学省科学研究費補助金?基盤研究(C)「運動器疾患の克服に向けた糖ヌクレオチド代謝の基礎研究」(研究代表者?古市達哉)
?2024~2026年度文部科学省科学研究費補助金?基盤研究(B)「糖ヌクレオチド輸送体が司る骨格形成メカニズムの解明」(研究代表者?古市達哉)
?2023~2025年度文部科学省科学研究費補助金?基盤研究(C)「UDP代謝酵素の変異に起因する遺伝性神経?免疫?骨疾患における発症機序の解明」(研究代表者?水本秀二)

本件に関する問い合わせ先

農学部(2025年4月以降~獣医学部)
教授 古市 達哉
019-621-6222
furuichi@iwate-u.ac.jp